ベン・ドラウンド(BEN Drowned)
大学生がフリーマーケットで手に入れた『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』の中古カートリッジには、前所有者「BEN」のセーブデータが残っていた。プレイするうちにゲームは異常な振る舞いを見せ、やがて存在はネット上へ逃げ出していく。2010年に4chanで連載され、動画とARGで拡大したクリーピーパスタの代表作
01 ― 概要
02伝承の内容
大学生の「Jadusable」は、フリーマーケットで不気味な老人から、ラベルに「Majora」とだけ書かれた灰色のカートリッジを譲り受ける。『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』の中古ソフトだった。中には前の持ち主のものらしい「BEN」という名前のセーブファイルが残っていた。削除しても、ゲーム内の人物たちは主人公を「BEN」と呼び続けた。
やがてゲームは通常では起こりえない振る舞いを見せ始める。住民の消えた街、逆再生される音楽、そして「哀しみのエレジー」で生み出される主人公そっくりの像が、カメラの死角で少しずつ近づいてくる。プレイヤーは体験を文章に綴り、ゲーム映像の動画とともに掲示板へ報告し続けた。
背景として浮かび上がるのは、カートリッジの前の持ち主とされる少年ベンの存在である。少年は数年前に溺れて亡くなったとされ、その意識のようなもの「BEN」がゲームに宿ってプレイヤーを弄ぶ。やがてBENはプレイヤーのパソコンに干渉し、掲示板への投稿さえ乗っ取り始める。
最終的にBENは、カートリッジのファイルを共有しようとした読者たちの手を経て、インターネット全体へ解き放たれてしまう。「そんなこと、しなければよかったのに(You shouldn't have done that)」という作中の文句とともに第1部は幕を閉じ、物語は教団を名乗るウェブサイトを舞台にした読者参加型の第2部へ続いた。
03伝播と変遷
バリエーション
04確認できること・できないこと
確認できる事実
- 作者はアレクサンダー・ホール(Jadusable)で、2010年9月7日〜15日に4chanの/x/板へ第1部を連日投稿したこと
- 投稿にはYouTubeに上げられたゲームプレイ動画が併用され、公開後2日で10万回以上の閲覧を集めたこと
- 第2部は専用サイトyoushouldnthavedonethat.netを舞台に2010年9月から2011年7月にかけて展開し、作者の事情で休止したこと
- 第3部が2020年3月に再開され、同年10月31日に完結したこと
確認できない部分
- タイトル「Ben Drowned(溺れたベン)」の正確な命名経緯(溺死にいたる経緯は作中でも断片的にしか語られず、諸説ある)
- 連載当時、どこまでの読者が実話と信じていたか(同時代の反応は掲示板の記録に断片的に残るのみ)
後付けとみられる脚色
- 「BENの正体は実在の少年の霊」という読みは作中の設定であり、実在の事件に基づく証拠はない。作者は創作であることを公言している
- 連載当時、実話だと信じて拡散した読者も多かったが、これは作者の想定した演出の効果であり、「実話」扱いは伝承化の過程で生じたものである
05AI分析
社会的背景ゲーム世代の共有記憶
2010年前後、子どもの頃にNINTENDO64で遊んだ世代が大学生になり、ネット上で思い出を語り合う文化が成熟していた。『ムジュラの仮面』自体、3日間のループや不気味な仮面など、シリーズでも異色の陰鬱さを持つ作品である。懐かしさと違和感の同居する素材を選んだことで、読み手の個人的な記憶が物語の恐怖を増幅する構造が生まれた。中古ソフトという入手経路も、前の持ち主の痕跡への想像を誘う。
科学的視点映像は作れる、という前提
作中の「異常なゲーム映像」は、エミュレータや改造コードを用いて実際に制作されたもので、技術的には再現可能な演出である。重要なのは、作者が創作と明言しているにもかかわらず、連載形式と動画の「証拠」性が虚構を実話らしく見せた点にある。文章だけの怪談に比べ、動く映像は検証可能性の錯覚を与えやすい。裏を返せば、映像があること自体は実在の証拠にはならず、この作品はその教訓を初期に示した例でもある。
なぜ広まったのか読者を巻き込む設計
連載は「助けを求める投稿者」という一人称の形式を取り、読者は傍観者ではなく相談相手として物語に参加した。動画・隠しファイル・暗号と手がかりが段階的に置かれ、考察が次の拡散を生む循環が成立した。第2部では読者の行動が物語を実際に分岐させ、参加そのものが体験になった。公開直後2日で10万回を超える閲覧が集まった背景には、掲示板文化の即時性と、検証・考察を楽しむ読者層の厚みがあった。
横断比較ポリビアス、ラベンダー症候群との違い
同じゲームをめぐる伝承でも、収録済みのポリビアスは「実在しないゲーム」の噂であり、ラベンダー症候群は実在のゲームへの健康被害の噂だった。これに対しベン・ドラウンドは、作者と初出が完全に特定できる創作でありながら、拡散の過程で伝説として受容された。スレンダーマンと並び、ネット時代の怪異が「作者のいる創作」から出発して伝承化する過程を示す代表例であり、両者の差異は創作と伝承の境界を考える手がかりになる。