スレンダーマン
2009年に米国のフォーラムの画像加工合戦で生まれた、長身で顔のない男の怪人。無数の二次創作によって「神話」が育った。
01 ― 概要
02伝承の内容
スレンダーマンは、黒いスーツにネクタイを着けた、異常に長身で痩せた男として描かれる。顔は白くのっぺらとして目も口もなく、背中から触手のようなものが伸びる姿で描かれることもある。森や廃墟にひっそりと佇み、主に子どもを見つめ、やがて連れ去ってしまう。物語の中で、彼の目的は最後まで明かされることがない。
その誕生は、日時まで正確に記録されている。2009年6月10日、米国のフォーラム「Something Awful」で開かれた心霊写真の画像加工作品の投稿合戦に、エリック・クヌーセンが「Victor Surge」の名で、子どもの集合写真の背景にこの男を合成した2枚の画像を投稿した。画像には、子どもの失踪をほのめかす証言風の短い文章が添えられていた。
設定は作者一人では決まらなかった。直後から他の利用者が写真や物語を持ち寄り、同じ2009年に始まった動画シリーズ『Marble Hornets』が「オペレーター」の名で登場させたことで、神話は一気に広がった。近づくと映像や音声にノイズが走る、人の心を操って手先にする、といった設定も、こうした共同制作の中で付け加えられたものである。
公式の「正典」は今も存在しない。誰もが自由に物語を足せる開かれた怪人だったことが、ゲームや映画への素早い展開につながった。一方で、この男を実在の存在として受け取る人々も現れ、虚構との距離の取り方は、後に大きな社会問題として議論されることになった。
03伝播と変遷
バリエーション
04確認できること・できないこと
確認できる事実
- 2009年6月10日にSomething Awfulへ投稿された創作であること(作者本人が創作の経緯を公言している)
- 『Marble Hornets』やゲームなど、無数の二次創作が設定を付け加えて神話を拡張したこと
- 2014年に米国で事件と結びつけて報じられ、大きな社会的議論とモラルパニックが起きたこと
- 公式の「正典(カノン)」が存在せず、姿や能力の設定は作品ごとに異なること
確認できない部分
- 2009年より前にスレンダーマンに相当する存在が語られていた、という主張を裏付ける資料は確認されていない
- 「実在する」とする目撃談の真偽は検証できない
後付けとみられる脚色
- 16世紀ドイツの巨人「Der Großmann」を起源とする設定は、他の投稿者が付け加えた後付けの「古代の伝承」で、実在の古文献に基づくものではない
- 「本当は古代から実在した」という主張は後に生まれたが、2009年以前にこの怪人を示す資料は確認されていない
05AI分析
社会的背景匿名の共同制作と子どもの不安
2009年の英語圏ネット文化には、短い怪談をコピーして広める「クリーピーパスタ」の土壌が育っていた。森の中で子どもを見つめる、得体の知れない大人の男という像は、子どもの安全への漠然とした不安と結びつきやすい。作者が設定を独占せず開放したことで、受け手は消費者ではなく共同の語り手となり、怪人はフォーラムの外へ運ばれていった。国境を越えて広がった背景には、英語という言語と、画像という形式の普遍性もあった。
科学的視点記録できるのは拡散の過程
この件は珍しく、怪異の「誕生日」まで特定できる。2009年6月10日の投稿を起点に、設定がどう付け足され、どう広がったかを投稿記録で検証できるのである。民俗学者のトレヴァー・ブランクやシーラ・チェスらは、スレンダーマンをデジタル時代の伝承生成の実例として研究対象にしてきた。ここで科学的に意味があるのは怪異の実在ではなく、伝承が生まれる速度と条件を観察できる点にある。
なぜ広まったのか顔のない顔の強さ
顔がないことは弱点ではなく強みになった。表情がない分、見る者が自分の恐れを投影できる余白が大きい。画像の合成から生まれたため、誰でも自分の写真に「写り込ませる」ことができ、物語より先に姿そのものが共有された。短期間で動画シリーズやゲームに移植されたことも大きい。文章だけの怪談より再現の敷居が低く、参加型の拡散に適した造形だったといえる。投稿すれば誰もが神話の作者になれるという誘いが、拡散の速度を決めた。
横断比較八尺様との共通点と違い
八尺様とは1年違いの2008〜2009年に生まれ、どちらもネット発の長身の人型怪異であり、一つの投稿を起点に無数の二次創作が姿と設定を固めていった。違いは、八尺様が匿名掲示板の怪談として「実話の体裁」で広がったのに対し、スレンダーマンは画像加工コンテストという創作の場で生まれ、虚構であることが最初から公然の前提だった点である。生まれた経路は正反対でも、無数の無名の語り手に育てられた点では、どちらもネット時代の民話である。
06出典・参考文献
- Wikipedia (English) "Slender Man"
- Dictionary.com "Slender Man"(Culture)
- Trevor J. Blank, Lynne S. McNeill 編『Slender Man Is Coming: Creepypasta and Contemporary Legends on the Internet』Utah State University Press、2018年