キャンディマン
鏡の前で名を5回唱えると、鉤手の男が現れるという伝承。1992年の映画が生んだ怪異だが、舞台となったシカゴの公営住宅と実在の事件が、伝承に現実の重みを与えた。
01 ― 概要
02伝承の内容
鏡の前に立ち、「キャンディマン」と5回唱えると、右手が鉤になった男が現れて殺される、という。これがアメリカで知られるキャンディマンの伝承である。彼は蜂をまとい、甘い香りを漂わせるともいわれる。疑う者が半信半疑で儀式を試すと必ず現れるため、「信じないこと」自体が彼を呼ぶ条件のようにも語られる。
映画で与えられた由来では、彼は19世紀後半の黒人画家ダニエル・ロビタイユである。裕福な白人の地主の娘の肖像を描くうちに恋に落ちたことで暴徒に襲われ、右手を切り落とされ、体に蜂蜜を塗られて蜂に刺し殺された。その灰が撒かれた土地に建つ公営住宅、カブリーニ・グリーンに、彼は取り憑くという。
舞台のカブリーニ・グリーンは、シカゴのニアノースサイドに実在した公営住宅団地である。裕福な地区のすぐ近くにありながら、老朽化と治安の悪化で知られ、住民の多くは黒人だった。映画の中では、住人たちが相次ぐ殺人をキャンディマンの仕業として語り、都市伝説を研究する大学院生が、その語りを集めるために団地へ通う。
この団地の殺人の語りには、実在の事件の反映もある。1987年、シカゴの別の公営住宅で、住人の女性が浴室の薬箱の裏の空間から侵入した者に殺害される事件があった。映画には、この事件を報じた新聞記事の見出しをもじった場面や、事件の被害者によく似た名の住人が登場する。虚構の怪異の背後に公営住宅の現実があったことが、この伝承の特異な点である。
03伝播と変遷
バリエーション
04確認できること・できないこと
確認できる事実
- 原作はクライヴ・バーカーの短編「The Forbidden」(1985年、『血の本』第5巻所収)で、舞台はリヴァプールであること
- 1992年の映画(バーナード・ローズ監督)で舞台がシカゴのカブリーニ・グリーンへ移され、鏡で名を5回唱える儀式と画家の由来が設定されたこと
- カブリーニ・グリーンは実在の公営住宅団地で、1950年代から建設され、老朽化と治安の問題を抱えた末に、1995年から2011年にかけて解体されたこと
- 1987年にシカゴの公営住宅で、薬箱の裏の空間から侵入された住人の女性が殺害される事件があり、監督自身がその報道を映画に取り込んだと語っていること
確認できない部分
- ダニエル・ロビタイユのモデルとなった実在の画家の存在。映画の設定上の人物であり、対応する実在の人物は示されていない
- 映画以前の口承に、キャンディマンと呼べる怪異が存在したかどうか。記録はなく、映画由来と考えるのが妥当とされる
- カブリーニ・グリーンの住民の間で、映画以前から殺人が特定の怪異の仕業として語られていたかどうか。映画内の設定と現実の語りの切り分けは難しい
後付けとみられる脚色
- 鏡の前で名を5回唱える召喚儀式は1992年の映画で付け加えられたもので、原作短編にも、それ以前の民間伝承にも存在しない
- 画家ダニエル・ロビタイユという人物像とその最期は映画の創作であり、実在のモデルが特定されたわけではない
- 映画以前からシカゴにキャンディマンの伝承があったとする語りは、映画の成功後に生じた来歴の逆転とみられる
05AI分析
社会的背景公営住宅という「見えない場所」
バーカーの原作が扱ったのは、イギリスの公営団地における階級と疎外だった。映画はそれをアメリカの人種問題へ翻訳した。カブリーニ・グリーンは富裕な地区に隣接しながら、行政とメディアから「危険な場所」として切り離されてきた団地である。住民が殺人を怪異の仕業として語る構図は、外部からは説明のつかない日常の暴力への、内部なりの説明の仕方として描かれる。怪異の由来にリンチの歴史を与えたことで、この伝承はアメリカ社会の人種的暴力の記憶を運ぶ器にもなった。
科学的視点出所が文献で追える、稀な怪異
この件は、怪異の出所が文献でほぼ完全に追える稀な例である。原作短編(1985年)から映画(1992年)への系譜が確定しており、映画以前の民間伝承の記録は存在しない。鏡の前で名を唱える部分はブラッディ・マリー型儀式の転用であり、その体験の仕組みは、鏡の凝視による錯覚の実験(カプート、2010年)で説明できる部分が大きい。検証できるのは伝承の生成過程そのものであり、実在の事件と虚構の怪異が映画を介して結びついた過程まで含めて、記録で辿ることができる。
なぜ広まったのか映画が伝承の形式を配った
通常の都市伝説は口承の中で形を変えながら広まるが、キャンディマンは逆の順序をたどった。映画が「鏡の前で名を5回」という実行可能な儀式の形式を先に配り、それが子どもの遊びや度胸試しとして口承へ逆輸入されたのである。ブラッディ・マリーという既存の儀式の鋳型に新しい名をはめたため、覚える負担が低く、誰でもその場で試すことができる。映画の宣伝文句自体が挑発として働き、試す行為そのものが宣伝になった点も、拡散の設計として特異である。
横断比較ブラッディ・マリー、スレンダーマンとの対比
ブラッディ・マリーとは、鏡と反復という儀式の形式を共有する直系の関係にある。違いは、ブラッディ・マリーの名の由来が霧に包まれているのに対し、キャンディマンには映画の中で完結した由来譚が与えられている点である。スレンダーマンとは、創作の出所が特定できる現代怪異という点で並ぶ。ただしスレンダーマンがネット上の集合的な書き換えで育ったのに対し、キャンディマンは商業映画という単一の発信源から生まれ、口承へ降りていった。拡散の向きが対照的な2例である。
06出典・参考文献
- Wikipedia「Candyman (1992 film)」(英語版)
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)『Candyman』上映ページ(原作と舞台移転についての解説)
- Kirkus Reviews「'Candyman': Horror Film Tackles Legacy of Racism」(2021年)
- Clive Barker「The Forbidden」『Books of Blood Volume Five』Sphere Books、1985年(原作短編)